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2012年1月25日 (水)

メガソーラ洗浄で米倉山へ

ホテルから小林社長の車へ乗り込むと、ふぁっと冷気に包まれた。慌てて、コートを体の上に羽織って、暖を取った。

向かったのは、米倉山太陽光発電所。

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小田さんに、メガソーラをバックに撮って貰った。

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アラインジャパン㈱殿のバケット車。ダイナミックです。

洗浄剤GC3100SOと共に。

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パネルの汚れ具合は、設置後4か月の期間を考えると、結構な汚れです。

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高圧洗浄機で洗浄します。

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洗浄後のパネル風景。

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アームを畳んで終了。今日は、約300枚を洗いました。

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メガソーラと言う、壮大な規模の洗浄体験。

常に雨風にさらされる設置後のパネル。

手強い相手だ。作ると考える。

2012年1月19日 (木)

(社)太陽光発電保全協会 理事会に出てみて

協会の名刺と自分の会社の名刺と、二枚持ち歩く様になって、早5か月が経とうとしている。

この間、パイプ屋の雑談が太陽光の話へ拡がる瞬間を、何度も経験させて頂いた。

今までは、BEXの洗浄剤GC3100SO単体のPRに、自然と重心が掛かっていたけど、ある時から、保全協会全体の推進・PRへ、気持ちが変わっていった。

理事会へ出てみて、各理事や先生の話を聞いて、刺激になった。

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もっと、予防保全が必要なことを、話していかねばならない。

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全量買取制度がスタートすれば、設置後の協会として、その役割も日々深まるはずだ。

太陽光だけではなく、風力や小型の水力発電、これ等をつないでゆく活動へ。

出来ることから積み重ねていきます。

2012年1月16日 (月)

思い返すと浮かんでくる、安らいだ面影

目が覚めて時計を見ると、2時過ぎだった。

夢は夢でも、突き起こされた。映し出されて飛び込んできた画像が、輪郭も細部もカラーだったので、何か嫌な予感がした。こんな画像で起こされた時は、予期せぬ事態が起こっているものだ。

今までの経験から、そう思っていた。

事務所に出て、アメリカ向けに、板厚0.1の溶接パイプを梱包するも、なんとなく晴れることは無かった。

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昼から午後にかけて、訃報が届いた。

お二人とも、思い返すと近いところで声が聞こえてくる、そんな息使いの近さが自分の中にはあった。

人と人との距離は、何も生きている人間だけのものではない。

単発ではない、脈々と重なりゆく重層感の中にいた。

2012年1月10日 (火)

笹を手に、目は真っ直ぐ前を

こんなに早い時期に大阪で仕事になるとは、思ってもみなかった。

西三荘駅を降りて、初めは途方に暮れていたけど、時間も無くなってきて、人波に合わせて歩き始めた。

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ベローズではなく、スクリューパイプが候補となった。

可とう性が良い点、これに反応して頂いた。ハンドで曲げ戻しが出来る利便性は大きい。

帰り道、皆と南海なんば駅で落ち合って、“十日えびす”を体感させて頂いた。

大阪には「商売」と言う言葉が似合う。

商売繁盛の喜びは、運に任せる醍醐味もある。そんな風を感じていた。

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2012年1月 1日 (日)

街路灯の光を受けながら、静かに歩き始めた

首にマフラーを巻いて、公園のマラソンコースを、一歩一歩歩き始めた。

1周目は、他にランナーもいない様で、今日は自分一人だけか…そんなことを思っていた。

小学生か中学生だろうか、男の子が追い越して走り去った。

「あめでとうございます。」と、後ろから声を掛けられた。よくお会いするランナーだった。

2周目なのか、これが3周目なのか、起点を過ぎる前、分からなくなっていた。もう一周歩けたら、走ってみようと思った。

昨年11月24日に、かかとの筋を伸ばしてしまい、ずっと治療を続けてきた。その甲斐あって、年末には感触を掴んでいた。

足元を確認するかの様に、ゆっくりと走り始めたら、走ることが出来た喜びは消え、なんと言うのか「無心」になっていた。

道は真っ直ぐに、街路灯の強い白色の発色が注がれていたことを、この時初めて感じていた。

体の硬さが懐柔されて、なんだか心も息を吹き返した。

進むも止めるも、自分自身、ただ一人。

こうして新たな一年が始まっている。

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2011年12月22日 (木)

若き設計者の取り組み

名鉄・土橋駅からタクシーで向かった。

現れてくる景色の一様性に、感覚の違いと言うのか、息苦しさを直ぐに覚えた。昔手にした「自動車絶望工場」、頭の中は錯綜していた。生産量トップの街並みは鼠色だった。

少し前に連絡を貰って、スパイラルフレキをサンプルで出していた。

ネットの巡り合わせが、人と人との出会いの糸口になることは、確実なところだ。

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若き設計マンと面談していて、彼がこのフレキを、エンジンの冷却で検討していることが分かった時、なんと既成概念にとらわれない柔軟な開発検討であるのか、僕は嬉しくなった。

土橋駅から次の訪問先、神宮前へと向かって行った。

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夜、平林社長から、ふぐ料理を御馳走して頂いた。

今年も残り少なくなってきたなぁ。

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2011年12月21日 (水)

新たな気づきが重なって、正体を掴む

新城駅に少し早く着いて、腰かけていた。

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目の前に老婆がいて、体を丸めながら座っていたのだが、たまに目が合った。

その表情は、なんとなく、苦しそうな表情だった。

上りも下りも列車の出入りがあったけど、改札を通ることはなかった様に思う。

「寂しそうだな」そんなことを思っていたら、いつの間にかに老婆はいなくなっていた。

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パイプ工場見学会。

一緒に歩く度に、新たな“気づき”がある。見ていた様で、質感が違っていたのだ。

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豊橋駅前で五人一緒に酒を飲んだ。

顔を見ながら語らうことの大きさ。そんな話題は体を温めてくれた。

若手が焼酎のお湯割りは初めてだ、と言って口にしていた。

コップに目を落とす彼の表情には味があった。

店を出て歩きながら、ふと老婆の姿を思い返していた。

2011年12月20日 (火)

大阪・鳳町を歩いて

新大阪駅の改札を出た所で、久保田さんに連絡をしてみた。

「おおとりえき(鳳駅)、漢字一文字だから。」と耳にした。

とにかく、向かった。

大阪での新たな拠点を見せて頂いた。

線路脇から、なだらかな下り坂を足早に、あのこと、このこと。

排気筒の話になると、途端に距離が近く感じる。

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2Fフロアの工事が進んでいた。

手書きのパイプ注文書も頂いて、指示書を作っていた。

久保田さんは美味しそうなケーキを食べていたなぁ。

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天王寺で分かれた後、僕は阿波座へ向かった。

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今夜は大阪で、忘年会。

ありがとうございました。

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年の瀬も数えてみると

昨夜、座った途端に居眠りをしてしまった。

気が付いたら、秋葉原駅だった。

小林部長が御徒町駅で起こしてくれたらしい。

西川口でご馳走になった帰り道だった。

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前島社長の笑い話と熱いトークとで、あっという間の時間だった。

パイプの仕事が出来るのも、皆さんのお陰。本当にありがたい。

ありがとうございます。

今朝、納品に立ち合いながら、今年も年の瀬を迎えて、ご挨拶が出来た...

そんな思いが巡っていた。数えてみると、5回目の歳末だった。

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2011年12月14日 (水)

解体業から見たソーラーパネルの汚れ

広島と岡山からお見えになられた。

建物解体時、屋根上から見るソーラーパネル。その多くが汚れている。洗浄などのメンテは必要無いのか。

足場を組み現場で目撃している方の言葉はリアルで、目的も明確だった。

事務所を出て、太陽光発電保全協会へ向かった。

小田さんに応接して頂いた。

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専用洗浄剤GC3100SOをサンプルとしてお送りすることを約束した。

今後の活動が楽しみだ。

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