2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近のトラックバック

フォト
無料ブログはココログ

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

2011年12月22日 (木)

若き設計者の取り組み

名鉄・土橋駅からタクシーで向かった。

現れてくる景色の一様性に、感覚の違いと言うのか、息苦しさを直ぐに覚えた。昔手にした「自動車絶望工場」、頭の中は錯綜していた。生産量トップの街並みは鼠色だった。

少し前に連絡を貰って、スパイラルフレキをサンプルで出していた。

ネットの巡り合わせが、人と人との出会いの糸口になることは、確実なところだ。

Dsc_0247

若き設計マンと面談していて、彼がこのフレキを、エンジンの冷却で検討していることが分かった時、なんと既成概念にとらわれない柔軟な開発検討であるのか、僕は嬉しくなった。

土橋駅から次の訪問先、神宮前へと向かって行った。

Dsc_0328

夜、平林社長から、ふぐ料理を御馳走して頂いた。

今年も残り少なくなってきたなぁ。

Dsc_0329

2011年12月21日 (水)

新たな気づきが重なって、正体を掴む

新城駅に少し早く着いて、腰かけていた。

Dsc_0324


目の前に老婆がいて、体を丸めながら座っていたのだが、たまに目が合った。

その表情は、なんとなく、苦しそうな表情だった。

上りも下りも列車の出入りがあったけど、改札を通ることはなかった様に思う。

「寂しそうだな」そんなことを思っていたら、いつの間にかに老婆はいなくなっていた。

Dsc_0325

パイプ工場見学会。

一緒に歩く度に、新たな“気づき”がある。見ていた様で、質感が違っていたのだ。

Dsc_0326

豊橋駅前で五人一緒に酒を飲んだ。

顔を見ながら語らうことの大きさ。そんな話題は体を温めてくれた。

若手が焼酎のお湯割りは初めてだ、と言って口にしていた。

コップに目を落とす彼の表情には味があった。

店を出て歩きながら、ふと老婆の姿を思い返していた。

2011年12月20日 (火)

大阪・鳳町を歩いて

新大阪駅の改札を出た所で、久保田さんに連絡をしてみた。

「おおとりえき(鳳駅)、漢字一文字だから。」と耳にした。

とにかく、向かった。

大阪での新たな拠点を見せて頂いた。

線路脇から、なだらかな下り坂を足早に、あのこと、このこと。

排気筒の話になると、途端に距離が近く感じる。

Dsc_0310

2Fフロアの工事が進んでいた。

手書きのパイプ注文書も頂いて、指示書を作っていた。

久保田さんは美味しそうなケーキを食べていたなぁ。

Dsc_0323

 

天王寺で分かれた後、僕は阿波座へ向かった。

Dsc_0311

今夜は大阪で、忘年会。

ありがとうございました。

Dsc_0312

 

 

年の瀬も数えてみると

昨夜、座った途端に居眠りをしてしまった。

気が付いたら、秋葉原駅だった。

小林部長が御徒町駅で起こしてくれたらしい。

西川口でご馳走になった帰り道だった。

Dsc_0303

前島社長の笑い話と熱いトークとで、あっという間の時間だった。

パイプの仕事が出来るのも、皆さんのお陰。本当にありがたい。

ありがとうございます。

今朝、納品に立ち合いながら、今年も年の瀬を迎えて、ご挨拶が出来た...

そんな思いが巡っていた。数えてみると、5回目の歳末だった。

Dsc_0306

 

2011年12月14日 (水)

解体業から見たソーラーパネルの汚れ

広島と岡山からお見えになられた。

建物解体時、屋根上から見るソーラーパネル。その多くが汚れている。洗浄などのメンテは必要無いのか。

足場を組み現場で目撃している方の言葉はリアルで、目的も明確だった。

事務所を出て、太陽光発電保全協会へ向かった。

小田さんに応接して頂いた。

Dsc_0291

専用洗浄剤GC3100SOをサンプルとしてお送りすることを約束した。

今後の活動が楽しみだ。

2011年12月12日 (月)

洗浄TRYしてみて、分かったこと

吹上の駅前で昼食を取った後、随分とタクシーを待った。間に合いそうもなくなって、慌てて遅れる旨を連絡した。

突っ立って待っていたが、太陽の光は実に暖かかった。

洗浄時間、入り数、洗浄温度を変えてトライしてみたが、特定のコンタミ(汚れ)に対し、変化点を出すことは出来なかった。

Dsc_0284

現状の設備能力では、対応出来ないことが分かっただけでも、大きな収穫だった。

次に繋げよう。工場長、ありがとうございました。

現場を出ると、窓越しに映る景色がまぶしかった。

淡い夕焼け色の帯が続いていた。

Dsc_0286

2011年12月 8日 (木)

昔から聞いていたパイプの先生

今年一番の寒さだった様だ。

瀬谷駅の改札を出た脇で、黒ネクタイを締めて、傘をささずに歩き始めた。通夜って言うのはどういう訳か、雨模様の時が多い様に思う。

1月の末、どんな経緯だったかは忘れてしまった。会長が昔からそう話されていた「増子さんはオレのパイプの先生だ。」その増子さんにお会いすることが出来た。ずっとどこかで、増子さんてどんな方なのだろうと、思っていた。

その時が、最初で最後になってしまった。

訃報を見て、その年齢を初めて知った。

「この仕事は、数年後に量産になる話しなので..」76歳にして、バリバリの鉄鋼の男だった。

葬儀場の3Fを降りた所に面影があったが、とても品のある、若かりし頃であろう遺影だった。昔を知らないので驚いたが、なんだかまた普段の会長の言動を思い出していた。

駅へ向かいながら、「八鋼」と言う社名が頭に残った。増子さんはどんな思いを託されていたのか、いろんな事を巡り回っていた。

Dsc_0275

2011年12月 6日 (火)

人肌の温もり

平林社長の後を追う様に事務所を出たら、結構本降りで肌寒かった。

歩道橋ですれ違ったカップルが、がっしりと手を繋いでいる。なぜだか目に留まって、凝視して追い掛けてしまった。

「先輩、最近ステンレスの肌ばかりで、女性と手なんて繋いだことないですよ。」

笑ったつもりが、つもりではなくなっていた。

朝一番でキズのチェック。0.5tのパイプ表面を何度も何度も触っていた。

P1030222

アメリカから到着したSUS321のコイル。昼前にエッジを触りながら商談。

Dsc_0261

誰かが言っていたけど、ステンレスの質感は無機的だと思う。

平林先輩を囲んで、よくしゃべってよく飲んだ。気が付いたら、11時pm。

今宵は男同士、握手して分かれた。

Dsc_0270

2011年12月 5日 (月)

西の空

緩やかな勾配を黙々と歩いていた。途中で幾つかの会話はあったけど、長引く様な関心事でもなかった。

信号まで後少しの所で、左手に大きな視界が一瞬にして開けた。立ち止まった。

Dsc_0256

昔、こんな空を見ながら遊びから帰った記憶。土のにおいとも風のにおいとも、懐かしく思った。

設備が置いてあった離れは既に壊されて、新工場へ集約されていた。

Dsc_0258

直近に納品させて頂いた11Φの溶接パイプは、問題なく加工されていた。

Dsc_0257

夕日に照り返される武蔵野の台地。男4人は眺めていた。

Dsc_0259

2011年12月 2日 (金)

精密洗浄剤、最近の動向について

依頼を得て、サンプル発送した。

事務所には、GC3100SOとGC3022F、この二種類の品番だけは常備している。今日の発送も、この2品番となった。

このところ、研究所とか、民間でも開発センターとか、そういった機関からのサンプル要請が多い。

ディスプレイは、中性タイプ。太陽光などのエネルギーは、基板洗浄剤と設置後洗浄剤。大分、絞り込まれてきた感じを受ける。

これ等の分野では見えないところで、着々と次のテーマの研究開発が進んでいる様に思う。次のテーマが無いと、自ずと仕事が閉塞してくる。

今年も残り一カ月。

BEXを想うと、この一年を振り返ってしまう。

Dsc_0283

2011年12月 1日 (木)

高崎から

まるで思ってもみないタイミングだった。荷物の主は高崎のおやっさんからだった。

開けてみると、図面通りの姿で加工品が入っていた。

001

思えばいつもこうだ。見積もり欲しいなぁ…ここ二・三日連絡無いなぁ、と思っていると、こしらえて送ってきてくれる。

言葉は丁寧なんだけど、心の中では、「先ず、もの見てくれ。」きっと、そう言っているはずだ。

CAD図面は自動計算になっているのか、簡単に1000分台の公差をうたってくる。このところ、そんな図面が多い。

004

図面を前に、寸法公差の迷路にはまって右往左往している自分に、一撃の言葉。

「公差は気にしない。先ずはジャストを狙う。気にしてたら金井さん、出来ないよ。」

現場の力。経験の差。

手間暇掛かっているはずなのに、オヤジは一切何も言わない。だから、心からのお礼を伝える。

高崎からの、何よりも嬉しいプレゼント。

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »